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前回の日記では少しネガティブなことを書いてしまった。実際少し不眠症になったり、無気力に陥ってしまうこともあったり・・。
いまのところ、仕事をしたり家事をすることにはさほど影響はしておらず、日常生活は普通におくることができているのは幸いなところ。
心が落ち着かないこともあるけれど、妻や姉に話を聞いてもらったり助けられながら、なんとかやれている。ほんとにありがとう、と思う。
子どもたちは今日も騒がしく、怒られることばっかりやってる。たまに疲れることもあるけど、この日々のことを笑って話せる未来にぼくはいたいと願っている。

閑話休題

みなさんは「一隅を照らす」と言う言葉を知っているだろうか。有名なフレーズなので知っておられる方も
多いと思いますが、天台宗の最澄さんが言ったとされる言葉。
国際NGO「ペシャワール会」現地代表として、荒廃したアフガニスタンとパキスタンで市民とともに人道・復興支援に尽くした故・中村哲さんが好んで使われていたことでも知られている。

意味合いとしては「一人ひとりが自分のいる場所で、自らが光となり周りを照らしていくことこそ、私たちの本来の役目であり、それが積み重なることで世の中がつくられる」といったところです。
解釈はそれぞれあると思いますが、ぼくはこの言葉に力をもらったような気がしました。とりわけ無気力におそわれているときに。

サンキュー最澄。

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2024.03.05 / Top↑
誰か見ていてくれているのだろうか。
気がつけば1年以上書いていなかったな。

ここ最近、少し気持ちが不安定になることが多くておかしい。原因の一端は自分ではわかっているのだが、それを吐露できる相手がそんなにいないので、ここに少しだけ吐き出してみている。

“懐かしい”という感情がこのところ、少し怖い。
怖いというのは語弊があるか。怖いというより虚しいと言った方が適切かもしれないが、それもぴったりハマる感じでもない。
いまになって何故こんなに強い思いが自分の中を支配するようになってしまったのかはわからない。
ぼくの人生の時間が20数年前のあのときで一回止まってしまって進まなくなっているのか。
いや、現実が進んでいるのは間違いなくて、パラレルワールドなんてものはない。

それでもなぜか全てのことが虚しく感じる瞬間がある。なにもかもがどうでもよくなるような。
ぼくは何のためにここにいて生きているのだろうね、とよくわからなくなる。
いろんな記憶がフラッシュバックする。それはこれまでの人生でもあったことだし、そのことを怖いと思うことはなかった。けれど、いま過去の記憶(とりわけ23〜4年ほど前のこと)を思い出すと懐かしさや切なさと同時に虚しさと怖さがやってくる。
もちろんずっとではないけれど、とても辛いときがある。なんで急にこんな、ね。

どうかしてるよな。ほんと、どうしてもたんやろうか。おかしなこと言ってる。

過去は過去で、それはもうそこにあるだけだ。わかっていることなのだけれど、“後悔”というのはこんなにも人の記憶に深く深く刻まれているものだと、ぼくは戦慄してしまっている。

そんなことを考えるのは、よくない。

ぼくには、愛おしい暮らしがある。たくさんの優しくしてくれる人たちがいる。しっかり生きなきゃな、と思う。
2024.02.19 / Top↑
楽しそうで何より。
仕事で頑張ること、仕事終わりの一杯。いまの平穏で些細な日常の中で鳴らす音楽があって、あほみたいに真剣に一音を考えたり歌詞のワンフレーズ考えたり。これができるのは素晴らしい世界だなとあらためて感じている。そしてそれが常に当たり前ではないかもしれないことも。

ほんとに、楽しそうで何よりなのだ。

そして、人それぞれでいいよ。

誰かにとやかく言われなくても自分は今のやり方で音楽をやり続けると思う。この“今のやり方”はめちゃくちゃ変化するとは思うけど。
いまは子どもたちがまだ小さいし、とても手がかかる。うちは大家族で暮らしているわけでもないし、夫婦が両方フル回転してやっと日々の家事育児労働がなんとかまわっている(いや、まわっていないときもあるが)

そんな中でも、ライブに出演しないかと誘ってくれる人がいる。そんな月に何度もできないし、夜のライブもまた厳しい。
けれど、演奏できることはとても嬉しい。
昨年は少ないながらも新しい曲も数曲できた。
いま思っていることが書けたように思う。

2023年もどうなるかはわからないけれど、今年も皆さまも元気に過ごせたらと願っています。
いつもこのページを読んでくれている方、ぼくのうたをたまにでも聞いてくれている人、ほんとにありがとうございます。

また書いたり消したりのこのブログですが、今年もどうぞよろしくです。
2023.01.09 / Top↑
目の前にある家事、炊事、育児。日々、繰り返していること。それらについて(特に育児で)「あ、ここをこうした方がよかったな」とか、毎日のように考え続けている。これは続くことで、続けていくことで、ゆっくり自分のペースで。
そうして生きていきたいけれど、考える余裕がなかったり、子どもの言っていることをきちんと「聞く」ことができていないようにも思うし、楽な娯楽にすぐ逃げてしまうこともある。
子どもは早く寝かしてしまって、好きなYouTubeをみてしまうとか。
本当はもっとゆっくりとじっくりと子どもと向き合いたいと思っているのに、余裕がない。そんな自分に辟易したりする。

12月は仕事が忙しくなって、勤務が週6になることが多くなり残業も増えるから、特にしんどくなる。
いや、人間は週6で働いたらあかんと思います、正味の話(by ツートライブ)。
水・土・日を休みにしてくれ。そのくらいでいい。

生きていく中で、毎日毎日、様々な判断の連続があって、そのひとつひとつをもうちょっとよく考えたい。インプットもしたい。本ももっと読みたい。
しかし、とにかく余裕がなくなる。まだ自分はマシな方だとも思う。自分よりももっと拘束時間が長くて休みも少ない仕事をしている友人も知っているし。
もちろん個人差はあれど、もっと全員に考える時間や余裕があればいいのにとずっと思う。

毎日の暮らしに忙殺されてしまうと、ミクロ的な見方へのバイアスが強くなってしまうから、世の中で蠢いているものへの関心や考える力が衰えていってしまうのだなぁ。
大人たちがもっと考えて、世の中が良い方向へいくようにしていくという感覚が薄れてしまうと、未来への希望みたいなものも霞んでよく見えなくなってしまう気がする。

先日、通勤電車で高校生たちが「(半分冗談めかしてはいたが)、もういっしょに死のうよ、生きる方がしんどいって」とか話しているのを聞いたことや、友人の子ども(小学校高学年)が「大人ってなんかしんどそうやから、なりたくない」と言っていたこと。
いや、ほんま子どもにそう思わせてしまう世の中ってあかんやろと思った。

即物的で空虚な娯楽を消費するのも、一概に全て悪いことではないとは思う。
毎朝、仕事で外回りをしていると、売店先のテレビでいつもちょうど、某お笑い芸人がやっている朝の情報バラエティ番組がかかっている。
とても空虚だなと思うけれど、お笑いは好きだし、こういうものがあってもいい。
とはいえ、これだけではいけないとも思う。これを何も考えずに摂取するのは楽だ。そして麻薬のようだ。

目の前の洗濯物を干す、子どものオムツを替える。晩御飯をつくる。ミクロ的な生活は続く。

一方で、マクロ的な世の中の見方をたまにすることもとても重要なことに思う。
僕たちの生活を圧倒的に苛烈に変えてしまうかもしれない力は、国際政治とか、そういう大きな流れによって左右されているから。今の生活が簡単に破綻してしまうことだってありうるのだ。
“平和であること” “健康でいること”のありがたみは年をとってきて、子どもを育てていると強く思うことでもある。
毎日の判断の連続の中には、日頃たまにマクロ視点で物事を考えていることが大切だと感じる。マクロはミクロに繋がっているから。逆もしかり。

先日、豊島晋作さんの著作を読んだ。テレビ東京の政治担当の記者の方で、ウクライナ・ロシア情勢とそこから見える、台湾有事(戦争)へのシナリオ・・的なことが書かれたもの。
変に個人的な思想とかがあまり入っておらず、できるだけフラットにいま収集できうる情報やファクトを積み重ねた上で、これから起きることを予測して丁寧に考えて書かれていた。

改めて、“日本”という国が地政学的に置かれている状況とか、アメリカとの関係、周辺諸国との関係、色々なものが僕たちの生活に影響を及ぼすのだということを。それを知った上でと知らない状態では、ミクロな生活の中で判断を連続してしていく際に随分と違うように思う。

考え続けるのは本当に疲れる。だがしかし、考えないわけにはいかない。
ワールドカップもM1グランプリもとても楽しく見ていた。一方で、平和の尊さも感じていた(ウクライナに住んでいたら、ワールドカップなんて全く楽しめないだろうな)。

豊島さんの本の他には、食糧危機についての本も最近読んだ。
鈴木宣弘「世界で最初に飢えるのは日本」
篠原信「そのとき日本は何人養える?」
端的に言って、めちゃくちゃ恐ろしいことが書かれていた。もちろんそれは最悪のシナリオという場合もあるのだが、自分の中で現在の日本における食糧事情への認識はだいぶ変わったように思う。
篠原さんの本に書かれていたことを少し紹介すると、日本という国が鎖国をしていた江戸時代には3000万人から人口は横ばいになっていたことが書かれていて、そしてそれは自国で養えるのは実際にはそのくらいなのではないかという考察と、いまこれだけの人口を食べさせることができるのは、農業がどうこうというよりも、農業以外の産業でなんとか稼げているからということ。これは衝撃的な事実だなと思った。単に農業をする人や場所を増やすだけでは対応できないという事実。ヨーロッパやアメリカのようにもっと農家への所得補償とかは絶対やった方が良さそうだが、他の産業も元気にならないといけないんだなということ。その他、歴史的に“飢饉”というのは、単純な食糧不足から起こっているのではなく(むしろ食糧はあったのに餓死者が出たりしている)、政策の失敗などがかなり影響しているということだったり。勉強になる一冊だった。
鈴木宣弘さんの本も恐ろしかったな。篠原さんの本とも少し被る内容もあったけれど、日本の食糧自給率はカロリーベースで約37%と言われているが、肥料の原料になるカリウムやリンやそもそもの植えるための種子などはほとんど輸入に頼っているために、それらが無くなった場合の自給率は11%くらいになるのだとか。恐ろしいよな。
全部が全部いきなりストップするわけではないやろうし、とはいえ段階的に既に色々なものが値上がりしているのは、ウクライナ・ロシア問題が大きく影響していることは単純にわかる。
これが台湾となると、中国とアメリカの覇権争いも関わり、もちろん中国との貿易にも影響が出るだろうし、台湾のまわりの海が不安定になれば、そこを通るタンカーなどが遠回りの航路をとらなければならなくなり、コストが上がったりもするのであろう。

豊島さんの本に戻ると、歴史的に覇権国とそれに挑戦しようとする国が出てきた場合、その国家間での戦争が勃発するという、所謂「トゥキディデスの罠」というのがあるらしい。過去500年ほどの歴史を紐解いてみても、こういった争いは20数件あり、そのうち75%が戦争に向かっていったということだ。古くはスパルタとアテネによるペロポネソス戦争が有名であるが、これも30年ほど戦が続いたあげく、両方とも疲弊し衰退してしまったという。これを現代の中国とアメリカに置き換えてみたら、核兵器のことを考えても破滅の未来しか見えてこない。流石に全面核戦争などは両国とも望んではいないはずだろうが、日本は立場的にも法整備とか憲法解釈でもむちゃくちゃに難しい判断を迫られることになるということは間違いない。

にもかかわらず、ぼくらは日々の生活に忙殺されているし、そんな疲れた状態でそんな小難しいことを考えてなんていられない。
YouTubeなどをはじめとする“無限の無料コンテンツ”という現代のアヘン(by 岡田斗司夫)や、プロスポーツとか競馬とかなんかでお茶を濁す方が楽に決まっているんだよな(とはいえ、これら自体は自分も好きなものでもあるし、もちろん全否定をするわけでは全然ないです)

でも、それでいいわけないから、自分としては足掻いてみているわけだ。要はなんでも関わり方やバランスが大切なのだよね、いうところに落ち着く。
こんな小市民のほとんど見られていないブログでの稚拙なボヤキではあるけれど、何か書かずにはおられないような気もしているから、(バランスとるためにも)たまに書いている。

とりあえず、吐き出してみた。疲れた。

全部読んでくれた方、ありがとう。
2022.12.20 / Top↑
脱ステロイドをはじめて約1年が過ぎた頃から、いわゆるリバウンド症状が出始めた(前回のブログでも少しリバウンドのことは書いていたのですが、あの時よりかなりきつい感じです)。
特に夕方頃〜就寝時、ひどい時は明け方まで痒みがおさまらない。帰宅時・夕食後・就寝時が魔の時間となってしまい、痒すぎて何もできない。家事もできない。子どもたちの相手もできない。なんなんだこれは。
痒みは出るが、家事をやって紛らわすことができていたのに、それもできないくらい痒い。特に顔と首回り、頭皮といった首から上の部分がひどいように思う。
こんな状況なので、とにかく眠ることができない。痒みと格闘しながらなんとか寝ようとするのだが、なかなかうまくいかず、やっとこさ眠れたと思ったら朝の4時とかだったり。寝不足も前よりひどくなり、とうとう軽い睡眠薬のお世話になることになった。

・・というかなりキツい日々もありましたが、睡眠薬の力も借りながらなんとか眠ることができ、症状も落ち着いてきました。でもあんまり薬に頼りすぎるのもあかんなとは思います。

突発的な痒みは相変わらずありますが、寒くなってきたのは幸いで、汗かくよりも乾燥肌の方がまだ辛くはないので。

治療はいつまで続くのか・・。
通院しているクリニックでの脱ステ体験記みたいなものを読んでいると、本当に人それぞれ症状も治療期間も様々で、長い方になると5年間治療されていた人もいたり。5年か。。ともかく、なんとか付き合い方を考えながら、治癒に向けて暮らしていきたいものです。

#脱ステロイド #木俣肇クリニック #脱ステ #アトピー性皮膚炎 #アトピー

さて、脱ステ日記はこのへんにして、次のライブ告知です。本城タカヒロ氏との共同企画『養育往来』シリーズの第二弾。
“アーティストが子連れできても、ライブ演奏できる環境をつくる”をモットーにしております。

今回は、前回の新世界“のこされ島”から場所をうつしまして、心斎橋“歌う魚”にて開催。
ツワモノどもが集結しております。みなさん子連れです。わたしは前回と同じくベースとトランペット&メロディオンを加えたトリオ編成で演奏いたします。

22.12/4(日) 心斎橋 歌う魚
本城タカヒロ・ヒトリバンケット presents
「養育往来 vol.2」
12:00/12:30 ¥1500(+1dr)
出演:ヒトリバンケットと風暮バンド/フサイフォン/杉野明日香/hayashi toto/矢谷ウメ子/ナカノノナカノナカノ/OA.中峯翔

前回撮っていただいたライブ映像。
2022.11.17 / Top↑