“それは歴史が判断する”
これは、わたしの知人で、ある方の言葉なのだけれど、そういうことは多々あると思う。

さきの安保法案にしても、そうだ。
それこそ歴史が判断するのかもしれない。

日本は戦後のアメリカの占領政策から、骨抜きにされて、それはそれで良いところも悪いところも両方あったと思う。
高度経済成長とともに、日本が発展していくのを当の日本人も喜び、楽しい人生を歩んだ人もたくさんいるはず。アメリカの言いなりとはいいながらも、「自分の生活が豊かで楽しければ、いいじゃん」
・・というのが人々の本音で、これまで過ごしてきたんだろうと思う。大多数の人たちが。

政治家も、ほとんどが世襲で、金持ちの金持ちによる金持ちのための政治をしている。必ずしもそうではないかもしれないが、そう見えることも確かである。
それもまた戦後ずっと脈々と変わらず続いてきたことである。
原発も自衛隊も、金儲けのためであったり、アメリカに言われたから、惰性でやってきて、大多数の国民がはじめは批判したりするけど、結局は“自分の生活には別に影響ない”ってことでズルズルと認め、そしていつしか意識が希薄となっていくのをただ漫然と受け入れる。

そんなことを繰り返してきた。
そして、それがアメリカの望んだとおりに仕上がった日本国民であり、日本人たちもそれを別に悪いことだとは思っていなかったりする。
わたしだってそうなのかもしれない。

ただ、時代は変わる。

変わり続ける中で、自分や、自分の子どもの為に、未来に向けて考えなければいけない時にきているのかもしれない。

バブルがはじけて、戦後から勢いにまかせて、惰性でやってきた、日本の社会や政治に“ひずみ”が生じてきた。それが今になって、ここ20年くらいで様々なところから湧いてきたんだろう。

もちろん、ちゃんと人々の暮らしのことを考えて仕事をしている政治家もいると思うし、その“ひずみ”を取り上げて、問題化して、良い方向へ向かうようにとしているメディアもいる。

世界の約束のことや、裏の世界、陰謀、黒幕。
そんなものがあるのかないのか、わたしにはわかりません。
右翼でも左翼でもない。
誰の言ってることが真実なのかもわからない。
勉強不足も自分でわかっている。

ただ、生活の中で、考えることをやめてはいけないと思っている。色んなことを知りたい。
これから先の世界や日本の未来がどうなっていって欲しいと願うのか、そのためには自分は何をするのか、たとえ自己満足だとしても、考えることはやめない。と、そう思う。


まとまらない文章、失礼しました。
以後、書き直しあるかもしれませんが、ひとまず。
スポンサーサイト
2015.09.30 / Top↑