先日、憲法のお話を聞く集まりに行ってきました。
企画をしてくれた友人は、SNSやメールなどで知り合いを誘ったりしていたのですが、少なからずこの国では、こういう集まりを敬遠する人が多いように思う。貴重な休日や時間を割くに値しないということでしょうか。なかなか来てもらうというのは難しいと友人も嘆いていました。
興味を持たない(あるいは持てない)ことに関しては、日本の教育の問題が関係しているのかもしれません。海外がすべて正しいとは言えないが、欧米では小学生の頃から、政治について、自分の意見をもつ訓練をしている。例えば、小学生に対して「アイスクリームとチョコレート、どっちがいい?」と尋ねる、子供たちは思い思い答えるが「そのアイスクリームが何味なのか聞かなくていいのか??」と大人が問い直す。もしかしたら、そのアイスクリームがニンニク味かもしれないよ。というような。これは一例だけど、そういう風にして養われた感覚で、高校や大学になれば、皆、政治に対しても自分の意見をちゃんと持っていて、会話の中に自然とそういった内容が出てくるらしい。
かたや日本は、そういう話を学校や職場でしようものなら「意識高い人」みたいな好奇の目で見られることになる場合が多い。この風潮は国が仕立てあげたことなのかもしれないし、それが日本のええところとさえ言う人もいるかもしれない。
しかし、昨今の政治や安倍内閣による憲法改正への動き。すぐに生活の中で実感することはないかもしれないけれど、ヒタヒタと我々の暮らしに忍び寄ってる不穏な空気はこのところ漠然と感じている。
右や左や中立や、いろんな思想はあれど、今現実に起こっていることに対しての知識を得ること、そしてそれについて自分の考えをしっかり持って生きることが大切かなと思っての参加となりました。

話は立憲主義の基本的な知識と緊急事態条項についての話などでした。来ていた人たちの中には、なんとなくわかっていたつもりのことが、実は理解できていなかった、という方もいた。

憲法とは国民が守るものではなく、国民が国家に守らせるものである。国家が暴走しないために。
国民が守るのは法律であり、憲法ではない。
それなのに、自民党の憲法改正草案では、国民が憲法を守らなければならない旨の記述が多々ある。

ざっくりと言うとこういう主旨の話。なんとなく昔授業で習ったなぁという感じのこともあるが、改めて説明してもらうと、もやっとしてた部分が晴れていく感じがしました。

弁護士の方のお話のあと、質問コーナーもあり、議論もおこったり、おもしろい集まりでした。

まずは、知識を得て、自分の意見をもち、選挙の時は投票にいく。シンプルな話。
確かにこの国は住みやすいし、いまのところ身にふりかかる危険なども直ちには感じないかもしれないけど、この先々の歴史の中で、あとから見たら今が大きな転換期なのかもしれない。
だから、いましっかりと考えて行動したいし、できれば、こういう風に考えてくれる人が増えたらいいなと思う。

清志郎さんは、こんな風に歌ってる。

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2016.04.11 / Top↑
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