このところ“記憶”について考えることがよくある。
子どもが大きくなるにつれて、この子はどのくらいのことを覚えているのかな、とか、そんなことを思う。

何か文献を詳しく読んだわけではないし、ネットなどでちょっと調べただけなんですが、人間の脳の“記憶”の概念はいまのところ科学的にはハッキリ解明できていないようです。

人間は何歳ぐらいからどのくらいのことを覚えていられるのだろう。

自分のことを少し思い返してみた。

3~4歳くらいの頃に祖父の運転する車に乗っていたとき(乗っていたのは、祖父・祖母・姉・わたしの4人)、信号無視の車に突っ込まれて、交通事故にあったことがある。これは割と鮮明に覚えていて、わたしは頭に傷を負い、祖父の手のひらに血だまりができていたこと、姉が頬をガラスで切って泣いていたこと、祖母は骨折していたらしいがあまり映像的には覚えていない。
阪本外科という近所の病院にみんな運ばれた。

とか。

小学生の頃のことも断片的に覚えていたりする。
場所や匂いや音楽やそういうものが記憶を呼び起こすこともしばしばある。

中島らもさん(らもさんの引用ばかりですいません)のどの作品か忘れましたが、彼は産まれて間もないころの自分が見ていた天井の景色を覚えていて、それを母親にしたらびっくりされた、というようなことを書いていた。

僕の記憶の中に誰かいて、誰かの記憶の中に僕がいる。SNSとかで情報を入れずに暮らせば、その人は僕の中で年をとらない。ときには美化されるかもしれない。いいことなのか、悪いことなのか、それはどちらでもないと思う。

小川洋子さんの「人質の朗読会」というのを読んだ。
内容を詳しく知らずに読んだのですが、奇しくも“記憶”をフィーチャーしたお話だった。
記憶のことをずっと考えてたから、ハッとした。

あなたの記憶もわたしの記憶も大切なもの。

今まで会った人。愛した人。傷つけてしまった人。その全部がわたしにとってもあなたにとっても生きた証のようなもののように思う。

これからも僕は記憶を刻んでいく。

子どもの成長は本当に嬉しいのだ。
まだまだ生きていたいなぁ。
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2017.05.29 / Top↑
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