細野晴臣さんの本を読みました。
対談形式になっている一冊。
聞き手は鈴木惣一朗氏。

出だしに書かれている“ぼくはいつもブレている”
という言葉がまず素晴らしかった。
振り子だって、綱渡りだって、揺れながらバランスをとっている。揺れながら真ん中を歩く。中庸。

普段、音楽の番組とかで出てるときにはあまり仰ってない政治的なこととか(ラジオではたまに言ってはるみたいです)も書いてあって、すごく興味深かった。
小沢健二氏と言ってることが似てるところもあって、見えてる人には見えてるんやなぁと。
その他にも話題は多岐に渡っていて、スルスルと読了。おもしろかった。鈴木さんのあとがきも素敵。

動物や自然への畏怖とか、ネイティヴ・アメリカンの祈りの話も出てきて、世の“細野さん好き”からしたらそんなにマニアではない私ですが、細野さんの感覚はやっぱりいいなぁと思いました。

かたや、AI関連の本で読んだ、人間がコンピューターに組み込まれて永遠の命を得るという話。
全てのものが効率化していくことに陶酔する人たちが世の中にはいる。それを推し進める中で恩恵を僕らが受けることもあるけど、一線を超えてしまったら、全てのバランスが崩れて崩壊に向かう気もする。
なんだかスケールの大きな話になってしまいそうだけど、人工肉(牛や豚などの遺伝子から、ロースとか部位だけを人工的に作れるようになってきてるらしい)の試食会が既に開かれていることとかには違和感を感じたりする。
人間はどこまでのことをやってしまうんやろう。

天空の城ラピュタでシータが言ってた
「-土に根を下ろし 風と共に生きよう 種と共に冬を越え 鳥と共に春を歌おう-
どんなに恐ろしい武器を持っても、たくさんのかわいそうなロボットを操っても、土から離れては生きられないのよ」という科白を思い出す。ラピュタ好き。

世界が向かっていく方向には、抗えないのかなぁ。
細野さんは、安倍首相が「美しい国」って言ったとき“怯えた”って。だから、何か感じることがあれば、小さな声でもいいから発信すべき、みたいなことを言ってた。

“いいこと”って何なんだろうか、ますますよくわからなくなるけど、自分の感覚を養って、暮らしの中で選択を迫られる時に、良い判断ができるようにしたい。

ブレながら、揺れながら、中庸に。
2017.08.08 / Top↑
身内自慢になりますが、わたしの姉がこの度『世界遺産検定』の“マイスター”に合格しました。
マイスターは、合格率20%と言われる一級よりさらに上位の資格で、試験の設問は全て論述。ただ知識だけあればいいものではなく、世界遺産に対する自分自身の意見を持っていなければ合格することはできない難関だそうです。
それに合格した姉。ほんとすごい。
中学校の時とか勉強に対する集中力とかがズバ抜けていたのを思い出しました。5教科で490点とか。
一級の時も今回のマイスターの時も、ノートにビッシリとまとめていました。字も綺麗。あぁ姉自慢。

そんな姉が、この度の「百舌鳥・古市古墳群」の世界遺産登録に対して、否定的な見解を示していました。
ちなみに姉は堺市民です。

何故かと尋ねたところ、
“個人的な見解”と前置きした上で

-真面目に推薦活動してはる人には申し訳ないけど、
毎年、各世界遺産条約締約国に1件推薦枠があるが、今回の推薦はかなり強引な印象で、別に毎年絶対推薦出さなあかん訳ではないのに、推薦枠があるからどれか出そうみたいな感じ。古墳含めて他の推薦物件も完全な推薦書とは言えない。文化庁は今の時点で取り下げもあり得ると言っている。
でも1番恐れてるのは、世界遺産委員会の前にある専門家の事前調査で登録勧告が出なかった時、自治体(府とか市)は猛反撃するやろうという事。4回目の挑戦でやっと推薦されたし、簡単には引き下がらんと予想される。
文化遺産とか自然遺産に対して世界的に活動してる専門家や文化庁が、“推薦は微妙”と現時点では判断している。
ここ最近(沖ノ島の件もそうだったように)ではその専門家の勧告でさえ世界遺産委員会で簡単に覆されていることを危惧している。

今登録されてる世界遺産の中にはもうすでに数件の墳墓や古墳があるし、それに匹敵する価値があればいいけど…。
百舌鳥古市古墳群も教科書に載るぐらいの有名な古墳やけど、無理に世界遺産にこだわらなくても独自に守っていけばいいのに、と思う-

というような返答だった。
いちマイスターの意見。個人的見解ではありますが、重みがある。もちろん違う意見のマイスターもいるかもしれませんけども。

みんなではないけど、“世界遺産=観光資源”と考えている人が推薦している人の中には多くいて、“遺産として守っていく”という本来の目的ではなく、観光地として有名になる道具として“世界遺産”が使われてしまうということ。
ちなみに、熊野古道は世界遺産登録されたことにより、ゴミや落書きなど、一部悲惨な状況になっていたこともあったらしい。

富士山のときもそうだったけど、日本のメディアの世界遺産に対する扱いが、“経済効果”とかそういう視点でしか見ない風潮を作りあげていることが問題であるような気がします。

“世界遺産”というネームバリュー。価値が認められた上で登録されることは素晴らしいと思うけど、報道での伝え方とか、訪れる人のマナーだとか、そういう部分を考えるとなかなか一筋縄ではいかんのやなぁと思いました。

ともあれ、世界遺産検定は非常におもしろそうです。
昔から地理や歴史は好きなので、機会があれば挑戦してみたい。

マイスターの姉は世界遺産検定の講師の資格も有しているので、教えてもらおうかな。
2017.08.01 / Top↑
ここのところ、柴田聡子『愛の休日』をずっと聞いています。少し前の記事でも書きましたが、丘本浩一くんのblogがきっかけで購入。
旧譜もいくつか買いました。

はじめは、メロディーの良さとか声の質感が心地よいなぁと思っていたのですが、すぐにその歌詞の凄さに圧倒的に打ちのめされました。言葉に殴られた感。


恋にうつつを抜かし尽くして
抜かすついでにちょっと転んで
季節は来るより行くばっかりで
犬も食わない幸せな朝

遊んで暮らして思いつくのは
らららとるるるとらららだけ
(遊んで暮らして)

この『遊んで暮らして』は個人的にアルバムの中で1番好きな曲です。

言葉選びが本当に凄いし、耳に残るメロディーやポップセンスは天性のものな感じがする。
本人が望むかどうかは別にして、星野源さんのようなポップアイコンになり得る存在ではないかと思いました。

西野カナ氏とかを聞く若い女の子にもオススメできそうな耳心地の良い音楽。
内包されている狂気とか、ひどく切ない感情とか、そんなところは全然違うけど、多くの人が耳にする状況になればいいのにな。

小沢健二さんが、2015年に「岡崎京子展によせて」で書いていた文章にこういうのがある。

“例えば、今どき「みなさん」には時間とか気持ちの余裕がない。社会がそうだから、仕方ない。
そういう中で「みなさん」は今、簡単でわかりやすい歌詞を求める。みなさん、複雑な歌詞に付き合う時間も、好奇心も、気持ちの余裕もない。瞬間的に共感できる、わかりやすい歌詞が欲しい。
だから、例えばテイラーさんの歌詞は、意図的に薄い、わかりやすいものになっている。彼女は才能を捧げて、そういう歌詞を書く。
りりこの「ホラ こういうのって 聴きたいでしょ?」のように。
りりこの「これはあたしが言ってんじゃない あんた達が言わせてんのよ」のように。
その時代のスターの歌詞は、その時代の「みなさん」のレベル以上にはならない。それは「みなさん」が書くものだから。
良い悪いではなくて、そういうもの。
スターがやることは、スターが決めるのではない。「みなさん」が決める。”

ふむ、なるほど。きわどい。柴田聡子が流行歌みたいに広まるかどうかはきわどいかもね。

でも、この音楽はきっと誰かを救っているのだろう。
2017.07.20 / Top↑
音楽を聞いて癒される。
でもその音楽を鳴らしてる人は、別に“癒そう”って思ってやってるわけじゃなかったりする。
逆に“癒そう”って思ってやってしまうと、本当の意味で人を癒すことはできないのかもしれない。

なんか当たり前のことを書いてしまったような気がする。

その演者が“癒されました”と聞き手から言われたとき、“自分はそんなあなたに癒される”って、なんと素晴らしいのだろう。

捉え方は、人それぞれ。

だから(ちょっと話はズレますが)「大切な人を思い浮かべながら聞いて下さい」とか言ってしまう歌い手さんは、苦手なんよね。ほっといて。
2017.07.18 / Top↑
「岡崎に捧ぐ」という漫画を最近読みました。
わたしがオススメするまでもなく、調べると2016年の本屋大賞ランキングにランクインするなど、話題の作品だったようです。まだ連載は続いてるみたい。
元々はwebで公開していたものが1000万件を超える閲覧があり、そこから連載につながった作品のようです。

作者の山本さほさんは31歳(2017年現在)。
少し下ですが、同世代。
30〜50代くらいなら、この漫画を読むと響くものがあると思う。もちろん今の子ども世代や若者が読んでも面白いとは思いますが、同年代の方なら違った感覚をおぼえるように感じました。わたしは笑いながら泣きました。

お話は、山本さんとその親友岡崎さんの出会いから始まる。時代は今から20数年前くらい1990年代。作者が小学生の頃のお話。ちびまる子ちゃんと違って、登場人物は年をとっていく。
実話を元に彼女たちの日々の遊びや学校やそれぞれの家での話を中心に物語はすすむ。

ゲーム好きの作者による、ファミコンあるあるとか、当時の小学生あるあるなどが楽しい。ゲーム好きならなお楽しめる。笑いのセンスがとても秀逸だと思う。

しかし、ノスタルジーに浸るだけではなくて、物語の中で現在の“山本さん”が俯瞰して彼女たちを眺めている。

子どもの頃には気付けなかったけど、いま思い出すと理解できることや、本当の意味がわかったりすること。

逆に、大人になるにつれ、色々な経験をすることによって、排除してしまう感覚や、型に嵌め込んでいってしまう考えとか。

何が正しいとかは全然わからないけれど、もう少し自由で寛容に生きてもいいんじゃないかと、気持ちがフッと楽になる作品です。

まだ連載が続いているので、これからの彼女たちのいく先を楽しみに待とうと思います。
2017.07.13 / Top↑